|
師走を迎え、いよいよ寒さが増して参りましたが、皆さまには益々ご健勝にてお過ごしのことと、衷心よりお慶びを申し上げます。私も元気に国政の場で働かせていただいております。
扨て、今後の私の政治活動につきまして、ぜひご理解を賜りたく、私の真情をお伝え致します。
私は昭和61年(1986年)に衆議院に初当選し、これまで6期18年余りにわたって国政に参画して参りました。毎日新聞政治記者として、国会議事堂を中心に国政に関りをもってから、ちょうど40年。昭和52年(1977年)に新自由クラブの河野洋平代表(現衆院議長)の政策スタッフとなってから、ちょうど30年。顧みれば様々な想いが胸をよぎります。
在任中は、文部・環境両政務次官、文教委員長、文部統括政務次官、倫理・選挙特別委と現在の災害対策特別委の委員長など様々な国会、自由民主党の役職をつとめ、昨年の60年ぶりの教育基本法の全面改正に全力を注ぐ一方、環境教育法、文字・活字文化振興法などの議員立法も成し遂げました。皆々様からは「もっと仕事をしろ」とお叱りを受けるのを覚悟のうえで申し上げるのですが、私は私の能力なりの仕事ができたと得心しております。
そうした心境の私の眼から政治全体を見直してみますと、今日の人間社会は、いっそうスピードを早めて大変革の時代へと向かいつつあります。その認識のもとに、国際化、情報化、少子高齢化などの日本文明の課題をはじめ、世界をリードできる感性や能力を持つ若い人材こそ、もっとも国政に必要だと私は考えるに至りました。
しかし、ご周知の通り、国政は混迷を深め、深刻な劣化現象が続いています。いつ衆議院の解散が行われるか、予断は許されません。しかも、私の選挙区・神奈川7区(横浜市の港北、都筑両区)は若い有権者の多いこと、選挙ごとに有権者の入れ替わりの多いことでは全国のトップクラスで、総体的に政治意識の高いことでも知られています。一方で小選挙区制の定着によって二大政党制が進み、選挙は“自民”対“反自民”の様相が濃くなってきました。いよいよ我が党の戦いは容易ではありません。こうした選挙区事情も、国政に携わる者の責任の重さを思えば、大きな判断材料としなければなりません。
以上のようなことから、私は甚だ我が儘なことと自覚しながらも、今期限りで衆議院から身を引く決意を固めました。後継者には現職衆議院議員(南関東比例区選出)の鈴木けいすけ(馨祐)氏(苗字は同じですが血縁関係はございません)を、自由民主党第7支部および私の後援会幹部の方々にご内定いただきました。鈴木氏は将来を嘱望される有能な若者で、皆様のご期待に必ず応えてくれる人材と確信しています。なにとぞ私の胸の内にご理解を賜り、お許しをいただけますよう、伏してお願い申し上げ、取り急ぎのご挨拶を結ばせていただきます。
平成19年12月吉日 |