| ●雨ニモアテズ |
昨日衆議院の文教委員会があり、元レスリングの選手だった松浪健四郎議員から、3週間ほど前の産経新聞のコラムを引用した質問を受けました。そのコラムは盛岡の小児科医・三浦先生が、宮沢賢治の雨ニモマケズをもじって、「雨ニモアテズ」というパロディーの詩を作ったというものです。
「雨ニモアテズ、風ニモアテズ、雪ニモ夏ノ暑サニモアテズ、ブヨブヨノ身体ニ沢山着込ミ、意欲モ無ク、体力モ無ク、何時モブツブツ不満ヲ言ッテイル。毎日塾ニ追ワレ、テレビニ吸イツイテ遊バズ、朝カラ欠伸ヲシ、集会ガアレバ貧血ヲ起コシ、アラユル事ヲ自分ノ為ダケヲ考エテ省ミズ、作業ハグズグズ、注意散漫スグニ飽キ、ソシテスグ忘レ、立派ナ家ノ自分ノ部屋ニ閉ジ籠モッテイテ、東ニ病人アレバ医者ガ悪イト言イ、西ニ疲レタ母アレバ養老院ニ行ケト言イ、南ニ死ニソウナ人アレバ寿命ダト言イ、北ニ喧嘩ヤ訴訟ガアレバ眺メテ関ワラズ、日照リノ時ハ冷房ヲツケ、皆ニ勉強勉強ト言ワレ、叱ラレモセズ怖イモノモ知ラズ、コンナ現代ッ子ニ誰ガシタ」
私は農家の三男坊で、学生の頃父親が大病していたため、随分農作業をやりました。農民作家である宮沢賢治には、彼の「雨ニモマケズ」の詩をいつも鞄の中に持っているくらい心酔しているのです。私は政治の世界を時々忘れたくなり、この詩を眺めては心の逃げ場を求めているものですから、このパロディーにいたく心を打たれたわけです。
余談になりますが、手帳に書かれていたこの詩の原文は、「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ」でした。しかし、私と同世代の方はご記憶にあると思いますが、我々が学校で習った時は「一日玄米三合」でした。これは、当時この詩が軍国主義教育のいい説得材料として使われており、「一日四合は多すぎる」と「三合」に書き換えたのが国家であり、その手先にあったのが文部省でした(笑)。
松浪議員が言うには、「このパロディーこそ、まさに今の子供たちの姿を如実に示しているのではないか」と。彼は主として、子供たちが体力面で弱くなっていることを指摘したのですが、この詩は教育面全体に大きな問題があることを示唆していると、私は感じたわけです。
また、共産党の議員から別の指摘があり、これは盲学校・聾学校・特殊学校に置かれている「寮母」の呼称が、「もう時代遅れではないか。男女雇用機会均等法を逆に否定しているので、法律を改正して名称を変更してほしい」という主張でした。条文を直すには国会をパスしなければならず、手続き的には簡単にいかないのですが、ありがたい指摘なので時代に即したものに直そうかと考えています。
この二つ例は、まさに現在の教育が直面している問題点を明確に示しています。一つは教育の中身や子供の育て方に関する問題です。もう一つは、法律や制度が時代遅れになっていることです。時代の変化をしっかりと捉えながら教育改革を進めなければならないと痛感しています。 |
●資格の格差是正と予算の拡充 |
短大進学者が著しく減少しているのに比べ、専門学校に学びの場を、あるいは職業技術を求める学生が非常に増えていることは事実です。我々は、そうした時代の流れに即応して、遅ればせながら様々な手だてを考えて行きたいと思っています。
平成12年度に専門学校に入学した学生は、全国で5,000人増、進学率も過去最高の17.2%でした。一方で専門学校卒業生に大学への編入学を認めるという学校教育法の一部改正があり、11年4月に 490人、12年4月に1,136人が大学に編入学しました。千人台に乗ったのですから、非常に意味のあった改正だと考えています。大学編入が実現したことに伴って、公認会計士や不動産鑑定士資格の一次試験免除の格差是正が行われました。問題として残っている税理士や社会保険労務士についても、各省庁間で調整中であり、うまく行けば平成13年にも格差是正のための制度改正をしたいと考えています。
また現在、政府は平成13年度の予算編成の作業中ですが、専修学校に関する予算について少し説明させていただきます。
まず、専修学校のITスペシャリスト養成推進事業に対しまして、今5億円の予算枠を大蔵省に求めています。また、情報処理関係設備整備費補助ならびに奨学金の充実を含め、12年度比で83%増という膨大な要求をしています。総額で 520億7,000万円の概算要求をしているところです。私立の専門学校には都道府県からの助成がありますが、地方財政措置の充実についても大幅な拡充を大蔵省に求めています。以上3点をご報告しておきたいと思います。
「文部省はもっと職業訓練や、身についた技術・技能を大事に育てるような手だてをするべきではないか」という指摘も多く頂いていますが、国家予算が厳しいのと、過去の実績を基に積み上げていくスタイルを取らざるを得ないので、まだ満足してもらえる数字ではないかもしれませんが、皆様のご意見を聞きながら充実に努めていくつもりです。 |
●曽野綾子さんの檄文 |
小渕前首相が作られた教育改革国民会議の中間報告が9月22日に出て、これは17項目の提言をしています。この中に、作家の曽野綾子さんが書かれたレターがあります。浅利慶太さんはこれを檄文と言っていました。私は毎日新聞社で政治部を中心に15年間記者をしていましたが、これほど身の震えるような衝撃を受けた文章はありませんでした。
「近年、日本の教育の荒廃は見過ごせないものがある。子供はひ弱で、欲望を抑えきれず、子供を育てるべき大人自身がしっかりと地に足をつけて人生を見ることなく、好意的な価値観や単純な正義感、時には虚構の世界……バーチャルリアリティで人生を知っていると勘違いするようになった。その背景には物質的豊かさと、半世紀以上も続いた平和があった。日本は世界でも有数の長期の平和と物質的豊かさを誇ることのできる国になったが、その目的に到達するとともに、自身で考える力、苦しみに堪える力、人間社会の必然と明暗を善悪を越えて冷静に正視する力を失った。情報の豊かさは開かれた社会には不可欠のものであるが、同時に人は情報の波に溺れて、自らの存在を止めるべき錨を失った。経済の発展とともに人間性を伸ばすことは、それほど困難だったのだろうか。すべては誠に皮肉な結果であった。同時に、すべて想像される変化でもあった」……曽野さんは教育改革国民会議第一分科会の委員で、このような凄い文章を最初にぶつけて議論を活性化して下さったわけです。この文章を含めて、中間報告が出来上がりました。
ただ、専門学校に関連することについては、中間報告は多くを割いていません。職業教育という視点で書かれているのは、「職業観・勤労観を育む教育を推進する」という項目の中で、提言として「物作り教育・職業教育や起業家精神の涵養のため、小学校から大学までの教育を充実するとともに、職業体験・職場見学・インターンシップなどの体験学習を積極的に推進する。また進路指導の専門家の活用を促進する」。2番目として「実践的な技術者の養成機関である高等専門学校の職業教育を一層充実する」。3として「教育機関が養成する人材と企業が求める人材とのミスマッチを解消するため、企業・団体・官公庁・教育機関間の連携を図る」。これが職業教育に触れて書かれている全てです。
あと、最後の方に、「新しいタイプの学校・コミュニティスクールの設置を促進する」という項目がありまして、「地域独自のニーズに基づき、地域が運営に参画する新しいタイプの公立学校・コミュニティスクールを市町村が設置することの可能性を検討する」。また、「私立学校を設置しやすいように設置基準を明確化し、施設設備の設置条件を緩和する」というような文章も多少ありますが、主には前述の3項目で尽きているわけです。何せ限られた中間報告ですので、我々はこれを受けて13年度の予算要求を行いました。また、企業・教育機関間のミスマッチ解消についても、例えば教員団体とも、窓口を設けて協力・連携を模索しようと考えています。 |
●17項目の提言と17歳の犯罪 |
提言された17項目は、簡潔に言えば次のような内容です。
1)教育の原点は家庭であることを自覚する。
2)学校は道徳を教えることをためらわない。
3)奉仕活動を全員が行うようにする。
4)問題を起こす子供への教育を曖昧にしない。
つまり、いじめられる側ではなくいじめる側をどうするかという視点を持つべきだということでしょう。
5)有害情報等から子供を守る。
6)一律主義を改め、、個性を伸ばす教育システムを導入する。
7)記憶力偏重を改め、大学入試を多様化する。
8)プロフェッショナルスクールの設置。
9)大学に相応しい学習を促すシステムを導入する。
10)職業観・勤労観を育む教育。これは先程申し上げました。
11)教師の意欲や努力が報われ、評価される体制。・地域の信頼に応える学校作り。学校の情報公開の部分です。
13)学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる。
14)授業は子供の立場に立ったわかりやすく効果的なものにする。クラス編成の柔軟化や、IT教育・英語教育の充実です。
15)新しいタイプの学校作り。
16)教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画を作る。
17)教育基本法の見直し。ざっとこの17項目です。
この17項目で、冒頭の「雨ニモアテズ」に皮肉られていた今の日本の教育が抱えている問題が、ほとんど網羅されていると考えていいと思います。
例えば家庭教育の問題ですが、昨今、17歳による殺人事件が頻発しています。プライベートな話ですが、私の母はその名も「おしん」といいまして、大変我慢強い人でした。戦後の混乱の中で、母は男4人、女3人を見事に育ててくれました。その母が去年、子供たちに看取られながら86歳で一生を終えました。心臓が止まりそうになりながら、その度に持ち直すということが何ヵ月も続いたのです。
その姿を何度も見ながら、自分の母親をナイフで刺した17歳の気持ちというのはどのようなものだったろうかと考えました。バスジャックをして2人殺したのも17歳の高校生でした。一言では言い表せない複雑な動機が、少年たちの胸にあったのだと思います。これをどう分析したらいいのでしょうか。
私は環境問題にも取り組んでいます。この地上には10万種の化学物質があり、これが子供の心理・肉体に大きな影響を及ぼしていると言う学者もいます。子供がキレる原因の一つに、環境ホルモンが絡んでいるのではないかとも言われています。
産婦人科のお医者さんに伺うと、6ヵ月を過ぎた胎児は耳が発達して、お母さんが外から受けたストレスは、お腹の赤ちゃんにもダイレクトに伝わるそうです。17歳の犯罪に、そうしたことが影響しているのかどうか証明できませんが、それにしてもやはり家庭教育は、我々がウエイトを置いていかなければならない大きなテーマだと思います。
文部省の行政は、これまで学校教育中心に動いてきました。つまり富国強兵策で中央集権で、国家中心に教育を行ってきたために、家庭教育にはアンタッチャブルでした。それはそうですよね、人間の基礎的単位である家庭にまで国家に介入されたらたまりません。しかし、少子化、核家族化、都市の過密化、情報化など様々な波がここまで押し寄せてくると、度合いは別にして文部省も家庭教育を問題にしないわけにはいかなくなり、『家庭教育ノート』というものを、若いお母様方に配り始めました。
文部省の認可団体で「実践倫理宏正会」という道徳運動の会があります。毎朝5時に全国数百ヶ所の会場で「朝起き会」を開いていまが、そこに集まって来ているのは8割が若いお母さんで、その多くは子供の教育問題を抱えているのです。いじめにあっているとか、不登校とか。他の会員が発表する体験から救いを得ようとしている彼女たちを見ると、日本の社会の大きな問題点の一つは家庭にあるように思います。私もよく小学校の先生とお話しますが、問題を起こす生徒のかなりの部分が、家庭に問題を持っているケースが多いと聞いています。
一方、子供の方にも心の平穏を持ってもらわなければならないので、来年度から『心のノート』……いかにも文部省的なネーミングなので、変えてほしいと言っているのですが……子供が読んで「ああ、そういうことか」と何らかのサジェッションを受けてくれるような小冊子を配付する予定です。 |
●指導困難校にこそ良い教師を |
例えば今、小・中学校は40人学級ですが、世界の趨勢は少人数教育に流れています。私が小学生の時は1クラスに60人くらいいて、あれはあれで良かったとは思っていますが、今は少子化で先生の数にも余裕があるのですから、教職員定数の改善をして、算数・国語・英語といった科目については少人数で良い授業ができるようにという法案を、次の通常国会に提出したいと考えています。
この他、中間報告にあったものの中から、国会で審議したいと考えているものを挙げてみましょう。
一つは「十分に教師としての適格性を持っていない教員への対策」です。私はかねてより、教育委員会がもっと上手に教員配置をしてくれないかな、と考えています。私の選挙区に、かつて「どうにもならない」と言われた高校がありました。ところが実績のある体育教員が転任して来て陸上競技の指導を始めてから、この高校への評価は一変したのです。見事な指導でメキメキと陸上競技が強くなり、インターハイで総合優勝するまでになりました。
つまり、良い先生がいれば高校は3年で変わってしまうんですね。生徒は3年で入れ替わるのですから。ですから私は、「指導困難な学校にこそ、どんどん良い教員を入れなさい」と教育委員会に言っているのです。進学校に良い教員を集める傾向がありますが、それでは学校間格差が拡がるばかりです。
指導が困難な学校に行けと命令されて嫌がるような教員に、教師の資格はありません。「不適格な教員は辞めさせろ」という声がようやく出てきましたが、今までの教員採用は学力中心に行われてきました。しかし最近は、面接や論文を重視した採用が行われ始め、スポーツで実績を挙げた人や特別な能力を持った人、社会経験のある人も採用するようになってきました。これは法律を改正したからです。不適格な先生を辞めさせる方法についても、我々は法律を考えます。
それから、「問題を起こす子供への教育」。不登校やイジメに対して、学校に来なくなったりいじめられる子供をどうするかということだけを考え過ぎたのではないでしょうか。これからは加害者の方を何とかしよう、という法律も検討しています。義務教育ですから、いじめるからといって学校を辞めさせるわけにはいきませんが、カウンセリングなどで対処できないだろうかと考えています。家庭教育や心の問題にも、様々な工夫をしたいと思います。 |
●コンピュータ学習に絡む「奉仕活動」 |
また、これは議論のあるところでしょうが、「奉仕活動」の部分です。これを初めに提言したのは曽野綾子さんでした。「日本には兵役制度がない」という言葉を使ったので誤解されてしまいましたが、これは「諸外国と比べて集団的訓練を受ける場が欠けている」という視点なのです。「奉仕活動が義務化されたら、自衛隊に入れられるのではないか」という声もありますが、我々はそんなことを少しも考えていませんので、ご安心下さい。
文部省の計画を少しお話しすると、平成14年度から学習指導要領が変わり、小学校では3年生以上から「総合的な学習の時間」が始まります。これは、ネイティブな外国人が英語の授業をしてもいいし、神田川に連れて行ってどんなにゴミが多いか観察させてもいい。山で植林させてもいいし、町の長老を呼んで来て歴史を語ってもらってもいいのです。先生が自由に使える時間をセットするのですが、小学校ではそこにIT教育を入れようと。中学校の学習指導要領では、技術・家庭の中に「情報とコンピュータ」を入れて必修科目にします。高校には「情報科」を新設します。教員にもコンピュータを学んでもらわなければいけませんので、平成13年度中には小中の全教員13万人に研修をしてもらう予定です。また、校内LANについては平成16年度に全国8,100校の整備を終えます。教育用コンピュータは平成17年度までに、コンピュータ教室において1人1台、普通教室に各2台、特別教室に各学校6台を整備します。インターネットについては、平成13年度までに全公立学校が接続できるようにする予定です。
このようなスピードでコンピュータ教育を進めていきますから、子供たちがコンピュータの画面を相手に過ごす時間が増えていくわけですね。「人間は社会的動物である」というアリストテレスの言葉とは裏腹に、まったく社会と隔絶された「個」「孤」の世界で暮らしていけるようになります。しかも少子化によって過保護にしますから、エゴイズム、ミーイズムが充満する時代が来ないとも限りません。それを勘案すると、社会に子供を引っ張り出すことを義務化しなければダメなのではないか……そこから曽野さんの言葉はスタートしているのです。
様々な議論の末、中間報告では「小中学校では2週間、高校では1ヵ月間、共同生活などによる奉仕活動を行う」となりました。「一定の期間を置いて将来的には、満18歳の国民すべてに1年間程度、農作業や森林の整備、高齢者介護などの奉仕活動を義務付けることを検討する」……まだ迷っているような、詰めきっていない報告です。これについては皆様も議論のあるところでしょう。「奉仕活動なんていうものは義務化するべきものではない、自主的にやるものだ」「子供の自発性に任せるべきだ」と。
ここは、私も迷うところです。自発性や自立心を持っている子供、社会に対する貢献をしようという子供であれば、問題は無いのです。そういうマインドを持っていない子供が増えているから、そこをどうするかを考えなければいけないわけですね。
年末には教育改革国民会議が最終報告をまとめて総理大臣に提出しますので、義務化の部分がどのような表現になっているか注目しておいて下さい。いずれにせよ、義務化という曽野さんの発想の根っこは、「社会の中における個人というものを目覚めさせなければならない」ということにあるのです。 |
●平成13年度は「教育国会」を |
あと、地方の教育委員会が形骸化している点ですね。地方分権の時代ですから、先生の配置替えなどもっと主体的にやってもらいたいと思いますが、やれない。これも是非何らかの形で法律改正か新法かを考えたいと思っています。
もう一つは大学改革です。今のままでいいはずはありません。国立大学の事務局長は全部文部省から行っており、大学の独自性や競争原理も生まれません。その反面、教員の任期制などは抵抗があるし、文部省が走り過ぎると中央集権の弊害を再指摘されるので、なかなか思い切ってできません。いずれにせよ、国立大学を独立行政法人化するということについても法律を早く出したいと考えています。
これら法律改正や新法を10本か11本出して、来年の通常国会は「教育国会」にしようと考えているのですが、問題は教育基本法の改正です。
私たちの先輩が、それまでの教育の欠陥を見直して、いかに日本の民主主義教育を作り上げていくかを議論、思索、哲学して練り上げた教育基本法ですが、今の日本にそぐわない文章もあるし、「男女共学はこれを認めねばならない」というような時代錯誤もあります。一方で環境教育の必要性や、生涯学習、職業教育など欠けているところもあります。直す必要性は確かにあるのです。しかし、これは本当に個人的見解ですが、「そんなものに今エネルギーを費やしていていいのか」というのが本音です。
これほど大問題が起きていて、解決すべきテーマが一杯あるのですから、教育の憲法を言葉一つひとつ検討して丹念に練り上げるような作業にエネルギーを費やしてはいられません。それよりも、予算面・制度面、政策も含めて、できることから取り組んでいった方が有効でしょう。もちろん並行して教育基本法の議論はすべきだと認めていますが。教育基本法のもとに教育振興基本計画を作り、日本の教育経費をどう捻出するかということも、明確に位置づけなければなりません。ただ、それは単年度の予算措置でやれるものからやっていこうというのが、文部省総括政務次官である私の考えです。 |
●失望しても絶望はしないで |
我々は、本当に責任を感じなければならない世代だと思います。今17歳の子供というのは、1983年頃に生まれているんですね。プラザ合意によって円高が保証されるようになって、国際社会の中で日本の経済がもの凄い勢いで力をつけた、つまり豊かさが見事に実った時代に生まれた世代なのです。我々のように戦後の貧困の中で堪えることを覚えながら育った世代とは全然違うのです。欲しいものは何でもある。世界中で、こんなに豊かで自由で安全な国はどこにもありませんよ。その中で育った子供たちは欲望を抑制することを知らず、エゴイズム、ミーイズムの塊になっています。忍耐力も体力も、愕然とするほど落ちています。
それは、実は大人の責任でもあるという痛切な反省に立って、これから日本 100年の計である教育改革の実効を何としても上げていかなければなりません。政治家が権力闘争をやっている時間があるのかと、本当に焦る気持ちで一杯です。
ノーベル化学賞を受賞された白河さんは、「学力をどうつけるかという問題じゃないんです。目がキラキラと輝いている子供がいれば良いのです」とおっしゃっていました。また、ロボットのフェスティバルでお会いした先生は、「我々の学校では登校拒否は問題ありません。コンピュータをいじくり回すのが面白くて、子供が学校から帰らないのです。むしろ下校拒否ですね」と話してくれました。子供たちは本当に我々の宝ですし、どんなことがあろうと新しい社会を作っていくのは若い人たちであることだけは間違いありません。どうか教育現場におられる皆様、失望することばかりが多い世の中ですが、絶望だけはなさらないようお願いいたします。 |