私は1967年(昭和42年)に毎日新聞の政治部記者になって以来、4期14年あまりの代議士生活も含め、35年以上も『永田町』での日々を送ってきました。そうした私の目からみて、ここ数年間に永田町から2つのキ−ワードが消えてしまったことを申し上げたいと思います。 1つは、「大衆政治家」という政治家の別称、もう1つは「革新政党」という政党の呼び名。新聞やテレビをはじめ、週刊誌などの出版物でも、この2つの言葉は見つからなくなりました。
「大衆政治家」と言う言葉は市井の中から登場した人物が、たえず大衆の中にいて、大衆の感覚を最も価値観の中心において活動する議員というイメージ。今風にいえば、「市民政治家」ですが、残念ながら今は、官僚出身、大金持ちなどがいっぱい。 「革新政党」は主に社会主義などの思想を柱にした政党の呼び名でしたが、自民党政権の崩壊(1993年=平成5年)を機に政界再編の渦が永田町を襲い「いったい何が革新なのか」という座標軸がすっかり揺らいでしまったのがその原因です。 私が所属する自由民主党は小泉純一郎さんの提案で「改革政党」を名乗ることになりました。私もこの世界に入るときからキーワードに「品格ある社会、たゆまぬ改革」を掲げ続けてきましたから、私の永年の夢が実ったようで、うれしい限り。あとは改革の内容で実をあげねばなりません。